勝手に水戸検定合格講座 歴史・史跡編その5

【問題29】
水戸城に徳川氏が入る直前まで城主だった家と、その移封先の正しい組み合わせはどれか?
①真壁氏、甲府
②江戸氏、川越
③佐竹氏、秋田
④結城氏、福井


正解は③。これはやさしいかも。
県北部で着々と勢力を伸ばしていた佐竹氏は、豊臣秀吉に小田原攻の功を認められて常陸国を与えられ、江戸氏を追って水戸氏に入った。
1602年、徳川家康は、江戸の背後を安泰にするため、有力な豊臣系大名である佐竹氏を出羽国秋田に国替えとしたとのこと。



【問題30】
水戸徳川家初代藩主はだれか?
また、その人物は、徳川家康の第何男か?
徳川光圀、次男
徳川頼宣、十男
徳川頼房、十一男
武田信吉、五男


徳川家康水戸城を重視して、武田信吉(五男)、徳川頼宣(十男)を水戸に配したが、頼宣を駿河遠江に移した後、十一男(末子)頼房を藩主にした。
なお、頼房は徳川家光とは年齢も近く、親しかったとのこと。


《ミニ知識−藩主としての頼房の功績−》
前問記載のとおり、佐竹氏移封の後だけに人民には不平が残り、家臣団は将軍から与えられた混成部隊で困難が多かった。
しかし、水戸城の拡大、土屋敷・町人街の整備をはじめ、1641年(寛永18年)には徹底的な検地を行い、36万石を検出し、兵農を分離し農村を組織したとのこと。
また、人見卜幽、辻端亭などの儒者を招き、神道萩原兼従に学んだ。官職は権中納言
没すると威公(いこう)と諡(おくりな)され、瑞竜山に葬られた。